イギリス・ヨークシャーで幕を上げた今年のツール。第1ステージでカヴェンディッシュが落車した。仰向けに倒れ、右肩をおさながら苦痛に呻いている姿を見てカヴはここでリタイヤだろうと思った。
しかし、カヴはなんとか起き上がり、この写真にあるようにスタッフに介抱されながら傷付いた右腕を動かさないように固定してバイクに乗り、苦痛と悔恨の念で表情を歪めながらゴールラインを越えた。今後の出走継続に望みを繋いだが、翌日は怪我の状態が悪化しリタイヤを余儀なくされた。
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落車の場面、テレビ画面を見るに、スプリントの最終局面で進路を塞がれたカヴがゴールラインまで続く通路をこじ開けるために、左隣にいたオリカ・グリーンエッジのエース、サイモン・ゲランスに対してグイグイと頭を押し付ける蛮行に及んでいる、と思った矢先、カヴとゲランスがもつれ合うようにして落車し、カヴは右肩から地面に叩き付けられた。
最近のカヴを見るにスプリントでの落車が多い。仮にトレインが順調ならチームメイトがゴールラインまでの道を作ってくれる。エーススプリンターは仲間の作ってくれたラインに乗り、ひとたび最終発射台から放たれれば自分のぺダリングに集中して加速し、ゴールラインを駆け抜けるだけだ。
HTCハイロード時代、あの鋭く美しいトレインが健在であった時代に落車するカヴを見ることは稀だった。しかし、チームが解散となり、カヴがチーム・スカイに移籍した頃からスプリント場面での落車を多く見るようになった。HTCハイロードのような完璧なトレインは未だ望むべくもなく、スカイにしろ、オメガファルマにしろ、スプリントの最終局面ですでにトレインが溶解していることが多い。ロットベリソルやジャイアントシマノのトレインと比較すると弱いトレインであると言わざるを得ない。今回もまさにそうだった。残り500mまでは綺麗なトレインを組み、集団をリードしていたが、坂道で失速、他のチームのトレインの中に埋没し、トレインは行き場を失った。
そして、孤軍となったかヴェンディッシュは自分のルートを自分で作り出す必要に迫られる。しかし、強い選手は必要以上にマークされ、道を塞がれてしまう。いくらカヴが抜群の加速力を持っていようと、その力を発揮するスペースがなくては不発で終わらざるを得ない。だからと言って、「今日は無理だな」と諦める選手でないのがカヴだ。なんとか道を作り出そうとして無茶をする。スプリンターたるもの、それくらいの闘争心はあって然るべきではあるが、今回は完全に無理な状態だった。しかし、母国イギリスでの勝利、初めてのマイヨ・ジョーヌのチャンス、去年してたられたキッテルに対する意識、色々なものが積み重なって、勝利に対する執念がいつも以上に深く、『勝ちたい』という怨念が彼を今回の蛮行に走らせ、挙句の果ての痛恨の落車となった。
カヴェンデッシュは率直、直情な性格で、ひとたび冷静になれば自分の非を直ぐに認め、落車させてしまったサイモン・ゲランスに対して直接謝罪を行っている。また、翌日のレース前には報道陣に自分の誤りによって多くの人に迷惑をかけてしまった旨を語った。カヴは我がままで勝気でやっかいなまでに繊細で、関わると面倒くさいタイプだろうけど、根が率直で裏表がなく、人懐こいところもあり、周囲の人々からすると「関わると面倒なヤツ」な印象を越えて、「どうしようもなく憎めない」と思わされてしまう、そんな人柄の選手のように思う。
ともかくも、カヴェンディッシュとキッテル、新旧の稀代のスプリンター同士のガチンコ対決が今回のツールは観どこの1つと思って楽しみにしていたが、その楽しみは消失した。カヴを失ったスプリント勢だが、現在までの6ステージ中、ジャイアント・シマノのスプリンターエース、キッテルが早くも3勝するという独断場となった。この先、キッテルはどこまで勝利を積み上げていくのか、それはそれで見物ではある。
そして、こちらはクリス・フルームのリタイヤである。第5ステージ、今回のツールのコースの特徴であるパヴェ(石畳)を走るコースであるが、降雨の中、とてもハードなレースになった。石畳を走ることに不慣れな選手も多く、しかも雨が重なり落車が続出した。しかし、フルームはパヴェではなく、そこに至るまでの途中の路面で2度落車した。一度目の落車の時はすぐにバイクに乗り直して出発したが、二度目の落車では、自転車に跨ることはせず、チームカーに入ってしまった。前日のステージでも落車し、その影響で手首を痛めたようだが、今回の落車で再度同じ場所を痛め、レースを走る気力を完全に消失した、まさにそんな感じだった。
やはり連覇というのは難しい。2011年のカデル・エヴァンス、2012年のブラッドリー・ウィギンス、2013年のクリス・フルーム、連覇を期待されながらも、結局調子が上がらなかったり、エースの座を交代することを余儀なくされたりと、色々な事情で連覇は閉ざされ、そして今年も。それを思うと、ドーピングの発覚により7連覇の偉業は剥奪処分とされてしまったが、あのランス・アームストロングの偉大さを思わずにはいられない。毎年、チームのエースとして確実に出場し、落車も何度もあったと思うがそれにも耐え、優勝を狙うモチベーションを決して低下させなかった。そうしたツールにかける「思いの強さ」までドーピングできるものなのかどうかは分からないが、凄まじいまでの執念と集中力でツールを走ったことに間違いはない筈だ。
チーム・スカイのクリストファー・フルームと、ティンコフサクソのアルベルト・コンタドールという当代きっての総合優勝を狙えるステージレーサーによるマッチアップが今回のツールの最大の見物であったが、こちらも断念せざるを得なくなった。カヴェンディッシュとキッテル、フルームとコンタドールとの対決。2本の大きな柱を失ったツールはこの先どんなドラマを見せてくれるのか。喪失感は大きいが、それを上回る新たな展開が生まれることを期待して今年のツールを観戦し続けるとしよう。